不法とされた事例
航空会社の契約社員(客室乗務員)であった原告が、上司から受けた退職勧奨が不法行為に該当するとして当該上司及び会社に対し慰謝料500万円の支払いを求めた事案。
なお、本件では、原告に対する期間満了による雇い止めの有効性も大きな争点となったが、本稿ではこの点を省略する。
判旨
本判決は、一審の判断をほぼすべて踏襲した形で、成績が低迷し、退職勧奨を受けていた原告が、自主退職はしない旨明言した後に、なお、上司が「いつまでしがみつくつもりなのかなって」、「辞めていただくのが筋です。」、「懲戒免職とかになったほうがいいんですか。」などの表現を用いて退職を求めたこと、しかもその面談は長時間に及んだことなどを社会通念上相当と認められる範囲を逸脱している違法な退職勧奨と判断し(以上一審判決を本判決が踏襲)、さらに「1年を過ぎて、OJTと同じようなレベルしか仕事ができない人が、もう会社はそこまでチャンス与えられないって言ってるの。」、「もう十分見極めたから。」、「懲戒になると、会社辞めさせられたことになるから、それをしたくないから言ってる。」、「この仕事には、もう無理です。記憶障害であるとか、若年性認知症みたいな」の言動が違法な退職勧奨であると認定した。
上記上司の言動は、いずれも、原告が度重なる指導にも拘わらず寝坊やミスを犯した数日後であったことから、上司の「対応が厳しくなるのもやむを得ないという事情がうかがえる」として一定の理解を見せたものの、なお違法であると判断された。
これら違法な退職勧奨の慰謝料として、原告は500万円を請求していたが、一審、本判決ともに20万円が妥当と判示した。
解説
本判決は、実務上よく行われていると考えられる退職勧奨についてのものです。
本判決の一審も述べるように、一般的には、退職勧奨自体が違法なのではなく、社会的相当性を逸脱した態様での執拗な退職勧奨行為等が不法行為となり得ます(『労働法』第十版 菅野和夫著 弘文堂 532頁)。
本判決の事案では、成績の低迷する原告に対し、会社は少なくとも平成21年5月ごろから継続的に原告に自主退職を求めるような言動をしていました。
原告は、同年8月ごろには一時的に自主退職を考えたこともありましたが、同年9月5日には、書面で明確に自主退職はしないことを会社に伝えています。
しかし、その後も被告の上司は、同月14日、15日及び19日に原告と長時間面談し、判旨にあるような言葉を用いて退職を求めました。
一方、9月14日より前の退職勧奨(「お辞めいただきます。」「そこの決意は、職を辞する覚悟で、って事を書いてください。」などの言葉を用いています。)については、一部適切さを欠くものもないではないが、原告に対する指導の際の出来事であること、態様において威迫的であるとはいえないとして不法行為の成立を認めませんでした。
しかし、平成21年9月14日、同月15日、同月19日の言動については、わずか3日間のものではありますが、文書で明確に自主退職を拒否した原告に対し、長時間の面接や、「強く」「直接的な表現」を用いた退職勧奨が行われており、不法行為が成立すると認定しました。
原告は、さらに、20万円という損害額が低すぎることも争いましたが、上記の長時間の面談が行われた平成21年9月19日以降、被告が長時間の面談や退職勧奨を行っていないことなどから、原告の主張する500万円ではなく20万円が妥当と判断しました。
コメント
以上を総合的に見ると、退職勧奨の方法として、退職勧奨を明確に拒否した者に対して行うこと、強い表現や直接的な表現を用いること、長時間の面談などの手法を用いること、長期間にわたって行うことは、いずれも不法行為の成否、不法行為が成立した場合の損害額の多寡に影響を与えると判断されたことになります。
本判決は、具体的にどのような言動が社会的相当性を逸脱したものとして不法行為に該当するのかの一例を示すとともに、どのような事由が損害額を左右するかについても一例を示したものといえるでしょう。
本判決においては、上司の行った違法な退職勧奨により、使用者である会社も損害賠償を命じられました(民法715条)。
ですから、退職勧奨が解雇(雇用契約の使用者による一方的解除)に当たらない場合であっても、違法・不当と判断されないよう、その態様・手法には会社としても十分留意すべきです。
なお、第6回で取り上げた全日本空輸事件(大阪高裁平成13年3月14日判決)では、家族にまで面談する、本人との面談の際に大声を出して机を叩くなど、勧奨の頻度、時間の長さ、勧奨者の言動が社会通念上許容し得る範囲を超えており、違法な「退職強要」に該当するとして不法行為を認めました。具体的には、約4か月の間に30数回もの面談を行い、その中には約8時間のものがありました。
今回の日本航空事件は、全日本空輸事件に比較すれば勧奨の態様は穏やかであったと考えられますので、このような態様でも違法な退職勧奨にあたると判断されたことは注目に値します。
会社と戦って、退職強要と認められたとしても20万円という場合もあるということですね。
そうなってくると弁護士費用とかかった期間を考えるとしんどいですね。
いくら自分自身では、「相手が悪い」と思っていても裁判官が判断することですから、思ったようにはいかないということですね。
>もう1件の判例を見る (退職勧奨とパワハラ)
>戻る(退職強要とされたケース)